JIBUNマガジン

2020年12月号 vol.65

文京区の名坂

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)横山大観「千代田城」

千代田のお城・皇居は戦前、宮城とか明治宮殿と呼ばれます。横山大観は畏敬の念を深く抱き、千代田城を何度か描いています。大正十三年(1924年)千代田城(クリックで拡大)。大正十...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa

他の号の記事

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)笠森お仙

明和の三美人といえば、浅草寺内楊枝屋「柳屋」お藤、浅草二十軒茶屋の水茶屋「蔦屋」およし。そして、谷中笠森稲荷の水茶屋「鍵屋」お仙。明和の三美人。なかでも人気ナンバーワンは笠森...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2021年05月号 vol.70

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)鏑木清方「築地明石町」

近代日本画壇の美人画の巨匠のひとり、鏑木清方(本名・条野健一1878ー1972)は神田佐久間町生まれのチャキチャキの東京っ子。そんな清方が、なぜ、日本画にしては異国情緒を感じ...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2021年04月号 vol.69

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)重要文化財になった坂道

ときに、立ちすくんでしまう絵があるものです。東京ではそう珍しくもない関東ローム層の赤土むき出しの坂道が青空へと伸び、路傍には真新しい白い壁と造成地の土手。そして赤土の道に落ち...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2021年03月号 vol.68

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)九段にあった競馬場

明暦の大火以降、千代田城田安門外の九段坂上は、火除地となり、建物の建築が許されませんでした。元禄年間江戸大絵図より。 元禄大江戸図より。幕末になると幕府は外国の脅威に大慌て...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2021年02月号 vol.67

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)井上安治が描く東京都心の原風景

江戸伝来の浮世絵とは違う、リアルな明治初期の東京の姿を写した版画のシリーズ「東京真画名所図解」。小林清親の弟子・井上安治は誇張なくデフォルメもなく、江戸から東京へと文明開化で...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2021年01月号 vol.66

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)描かれた九段坂

お江戸の頃はお月見の名所と謳われた九段坂。小山のような急坂を登ると星月夜が近くに見えたということでしょうか、坂の町・江戸でも一二を争う人気の観光スポットでした。江戸の坂・橋番...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年11月号 vol.64

名建築を歩く(東京坂道ゆるラン)コンドルと馬場先と一丁倫敦

一日でも早く欧米の文化、建築水準に追いつきたい明治新政府は、工部大学校造家学(建築科)教授として、明治十年(1877年)25歳の若きジョサイア・コンドルを迎え、国家的事業の建...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年10月号 vol.63

名建築を歩く(東京坂道ゆるラン)幻の官庁集中計画

ご維新後、新政府は近代国家としての体制づくりに躍起になっています……とはいうものの、明治の役人たちも、つい最近までチョンマゲをして刀を持って市中を歩いていた人々。考えた首都中...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年09月号 vol.62

名画を歩く(東京坂道ゆるラン)鏑木清方「嫁ぐ人」と小石川植物園

まるで明治のファッションブックから飛び出してきたかのような、華やかな趣きを持つ作品。鏑木清方、初期の美人画の代表作「嫁ぐ人」。桜咲く園を背景に、花鳥画をふまえてカゴの鳥。それ...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年08月号 vol.61

文京区の名坂(東京坂道ゆるラン)二つの幽霊坂についての考察

お江戸の坂道を研究していて驚くのは幽霊坂という名の坂が多いこと。日本各地、都内各所に点在する幽霊坂の特徴といえば、森林の中で薄暗い坂、寺社に近い坂などが挙げられます。お江戸の...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年07月号 vol.60

名建築を歩く(東京坂道ゆるラン)湯島切通坂と燃えなかった岩崎家本邸

三菱財閥の開祖・岩崎彌太郎は、明治十五年(1882年)駿河台東紅梅町の弟・彌之助の屋敷地から下谷区茅町(現・台東区池之端)へと移ります。この頃の岩崎邸は、森鴎外の「雁」に描か...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年06月号 vol.59

文京区の名坂(東京坂道ゆるラン)赤ひげの小石川養生所

享保七年(1722年)一月二十一日、和田倉門外、辰ノ口の評定所前に設置された目安箱に訴状を投げ込む一人の男がいます。享保御江戸図より御評定所。 目安箱と吉宗公。八代将軍吉宗公...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年05月号 vol.58

走れ!いだてん/「最後のゴール」

オリンピック・パリ大会に惨敗、現役を引退した金栗四三は東京女子師範学校から母校にもハリマヤにも近い大塚の東京高等女子師範学校(現・御茶ノ水女子大学)に移るも、かわらずにスポー...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年04月号 vol.57

走れ!いだてん/「金栗足袋からカナグリ・シューズへ」

ストックホルム、アントワープ、パリと三度のオリンピックを足袋で挑み、そして散っていった金栗四三。現役引退後の心残りは辛作さんの作った「金栗足袋」で世界に勝てなかったこと。ハリ...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年03月号 vol.56

走れ!いだてん/「パリに沈む日」

大正十三年、関東大震災の翌年、帝都・東京のあちこちで復興の槌音が聞こえてきます。東京朝日新聞より。大正十三年(1924年)四月二十七日、金栗四三らオリンピック選手団は神戸港か...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年02月号 vol.55

走れ!いだてん/「震災からパリへ」

大正十二年(1923年)九月一日午前11時58分32秒、帝都・東京、横浜など首都圏の地が大きく揺れます。 関東大震災の発生です。地震発生の時刻で止まってしまった一ツ橋・中央気...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2020年1月号 vol.54

走れ!いだてん/「金栗パパ竹早にあり」

「きっとドイツは蘇る、このご婦人たちの明るさがある限り……」オリンピック・アントワープ大会後、第一次世界大戦の敗戦国であるドイツを視察した金栗四三は、スポーツに興じるドイツ女...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2019年12月号 vol.53

走れ!いだてん/「アントワープの微笑み」

大正九年(1920年)五月十四日、十三名の選手、役員二名の(庭球の二人と嘉納治五郎団長はアメリカで合流)オリンピック日本選手団はコレア丸(Korea丸)に乗り、横浜港を出港。...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2019年11月号 vol.52

走れ!いだてん/「八年ぶりの挑戦」

金栗四三と播磨屋の足袋職人・黒坂辛作は二人三脚でマラソン用足袋の研究開発をすすめ、ゴム底、靴ヒモの画期的な足袋を完成させます。大正八年(1919年)八月、金栗四三は秋葉裕之と...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2019年10月号 vol.51

走れ!いだてん/「箱根駅伝はじまり物語」

大手町・読売新聞東京本社前には「絆」像と箱根駅伝歴代優勝校のパネル。大正九年・第一回大会の優勝は金栗四三の母校・東京高等師範学校。ここには数々のドラマが秘められています。 雑...

  いいね!   Takako-Oikawa Takako-Oikawa from 2019年09月号 vol.50

バックナンバー(もっと見る)

2021年09月号 vol.74

コロナ禍が収まらない。秋のイベントも中止が相次ぐ。そんな中でも、マスクをし...

2021年08月号 vol.73

8月も半ばなのに、「梅雨末期のような雨」が降っています。先取りして秋雨かと...

2021年07月号 vol.72

梅雨がほぼ明けました。例年、梅雨末期に豪雨による水害が起きています。201...