JIBUNマガジン 文京区

2022年10月号 vol.87

(東京坂道ゆるラン)鎌倉街道を行く3 関所があった宿坂(豊島区後編)

2022年10月15日 18:01 by Takako-Oikawa
2022年10月15日 18:01 by Takako-Oikawa

頼朝伝説と堀部安兵衛の新宿区早稲田、太田道灌の面影橋、砦のような造りの寺社など、遠い昔の古鎌倉街道に想いを寄せ、観てきましたが、ここ金乗院前も街道色の濃い地であり、深い歴史に彩られています。

宿坂(江戸名所図会より)。残念ながら観音堂は今はない。クリックで拡大。 宿坂(江戸名所図会より)。残念ながら観音堂は今はない。

 

宿坂 中世の頃、「宿坂の関」と呼ばれる所が、このあたりにあった。この坂の名が、宿坂道と残っているのは、おそらくそれにちなむものと思われる。 “宿坂の関”は鎌倉街道の道筋にあったものといわれ、したがって、ここ宿坂はその街道上の地名と考えられる。古地図によると、鎌倉街道は現在のこの道より、やや東寄りに位置していたが、一応ここも鎌倉街道の名残りといえよう。 今から三百年ほど前、このあたりには樹木が生い茂り、昼なお暗く、くらやみの坂道として狐狸の類がとびはねて、通行人を化かしたなどという話もいまに伝わっている。

説明書きには「現在のこの道より、やや東寄り」と書いています。明治の地図で見ると、

明治41-42年(1908-09年)1万分の1測図 明治41-42年(1908-09年)1万分の1測図。ブルーラインが古鎌倉街道。

東側(赤矢印)に崖があり、そちらの方に蛇行していたのでしょう。

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※この記事は「東京坂道ゆるラン」に掲載されたものです。

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