JIBUNマガジン 文京区

2022年02月号 vol.79

谷中の「旅するミシン店」で出あった手づくりの旅

2022年02月18日 00:05 by inaba_yoko
2022年02月18日 00:05 by inaba_yoko

JR日暮里駅西口を出て、谷中銀座の方へ降りていくと、通称初音のみち、朝倉彫塑館通りにぶつかる。そこを左折してまもなく、朝倉彫塑館があり、その隣に「旅するミシン店」はある。通るたびにまちに馴染んだ温かそうな店構えに、思わず目を止め足を止めてしまう。

手作りブックカバーのお店だ。なぜ「旅するミシン店」という命名なのか。店長の植木ななせさんは「扱っているものがブックカバーなので、旅に本と一緒にお供するものという意味がある」という。ななせさん自身も旅が大好きで、「旅」という文字を屋号に託したかったそうだ。「ミシン店」というのは、ブックカバーを作るのにミシンを使っていること、ななせさんの実家は足立区でミシン屋を営み、お父さんがミシンの修理をやっているから。

店を出す前は小さな出版社に勤めていたという。その頃から「手づくり市」に、「旅するミシン店」という店名で出していて、雑司が谷の鬼子母神、世田谷区のキャロットタワーの手づくり市など、都内数か所の手づくり市を旅して(!)まわっていた。そのうちに京都の手づくり市にも出店するようになる。「まずは、京大近くのまち、『百万遍さんの手づくり市』というのに出店しました」。これは日本最古の手作り市だという。東京から京都まで、全部持って行かなければならず、「椅子もテーブルも全部、夜行バスで運ぶわけです」。椅子やテーブルのレンタルがある上賀茂神社の手づくり市にも4年前から出すようになった。「行かれたらおもしろいですよ!」と朗らかに奨められ、聞いているほうも旅心がうずいてしまう。

店を構えた谷中は「よく友達と遊びに来ていて、好きなまちでした」という。「手づくり市」の雰囲気と似ているところがあった。谷中銀座にも空き店舗はあったが、彫塑館通りは、彫塑館始め美術館もいくつかあり、書物を持ち歩いたり、本を読む人が多く来るので、ブックカバーの店は適していると感じた。なにより大家さんの明るい人柄にも惹かれ、「ここだ」と決めた。出版社を辞める前のことだった。

「ブックカバーを作ろうとは、最初は思っていなかった」という。たまたまブックカバーの作り方の本を見て作ってみたのが始まりで、作ってみたら意外と需要があって、多めに作るようになった。「最初は文庫のカバーだけ作っていると、新書用はありませんかと。次は単行本のサイズありますかって」。そういう客のリクエストに応えていくと一通りそろっていった。出版社に勤めていたのでサイズはだいたいわかる。ハードカバーや英語版、コミックサイズまで。「大人も読むので、岩波少年文庫のカバーがあったらいいな」というリクエストがまずあり、次に、電車の中で読むので、漫画にカバーをかけたいというお客さんの声があり、サイズがほぼ同じなので共用にした。「早川のポケットミステリーのサイズのカバーが欲しい」という希望もあり、今では早川文庫のちょっと長いサイズが文庫本サイズとなっている。ブックカバーは京都の丸善、大垣書店、梅田や神戸の三宮のジュンク堂など 関西の大きい本屋さんに置いてもらっている。ジュンク堂からは、「早川文庫が入るブックカバーは強みだ」と言われたそうだ。

カバーだけでなくケースも人気がある。スマートフォンやタブレット、電子書籍用のケースも作った。「アイパットミニのケースは本も入るので、カバンの中で本がぐちゃぐちゃになったりするのを防いでくれるんです」。リクエストに応えながら次々と新しい商品を生み出している。

店内には、ブックカバーだけでなく、布製のバッグ、ポシェット、布製のキーホルダー、カレンダーや封筒やポストカードといった紙製品、クッキーやコーヒーなども並ぶ。どれも「出かけるときに持っていけるもの」。やっぱり「旅」がキーワードだ。

「とにかく作るのが楽しくて」。ブックカバーやバッグに描かれている絵は、ななせさんが描く。美術学校出身かと思ったら、「勤めていた出版社は小さかったので、なんでもやりました。本のデザインや装丁もその時覚えた」という。動物の絵が多い。「動物たちにちょっとした日常生活の中での仕草をさせるのがおもしろい」という。「仕事して作っている割には、すごく楽しんでいるんです」と笑う。「作って楽しくて、お客様と対面で話して売れるのが楽しくて」。商品の製作は、家族ぐるみでやるという。「私がバッグの絵を描いている間に母がたくさん縫ってくれて。それが売れていくので、つくり甲斐があるようです」。布を切るのは夫の安武輝昭さんだ。

コロナ禍でもなんとか店をあけてきたが、「今年は1月は土曜日でも人があまり来ないです」。土日は店を開け、平日は作るのが中心で、カレンダーを描いたり、商品を制作したり、フレキシブルにやっているという。だが、どんな状況になっても、ななせさんなら、仕事・人生という旅を、時代から時代へ、おもしろがりながら歩んでいくのではないだろうか。「倒れるまでやるしかない。ダメになったらバイトしようかな」とななせさんは言う。

「旅するミシン店」には出版部もあり、これまでにも、カラスの考察などについて、知り合いの東大総合研究博物館の松原始さんの著書を出版してきた。さしあたって今年は、松原始さんの京大生について書いた著書が一冊、野鳥のイソヒヨドリに関する本が一冊、 計2冊を出版するという。(稲葉洋子)

旅するミシン店 〒110-0001 東京都台東区谷中7-18-7-1F

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