JIBUNマガジン 文京区

2021年10月号 vol.75

まちを「なおす」感覚で、元印刷工場をアトリエに/日露建築家ユニットKASAの事務所兼オープンスペース改修進行中

2021年10月31日 22:46 by Takako-Oikawa

「建築設計事務所が引越してきます。只今、改修準備中。」こんな張り紙が、古びた建物の窓に。中はがらんとしていて、ヘルメットをかぶって何やら作業をしている様子が丸見え。なんだろうここは? 千川通りを歩く人は思わず足を止める。

「声をかけてくれる人が結構いて、まちが持っている偶発的な面白さをひしひしと感じている」と「仕掛け人」である建築家の佐藤敬さんは言う。小石川植物園近くの自宅兼事務所が手狭になったので、事務所だけ引っ越してくる予定だ。でも、ほとんど自分たちの手作業で進めているので、なかなか工事が進まない。「なんで早く終わらせないの?」と聞いてくる人もいる。「今はあらゆる事が早くなってしまって、遅い=悪い、みたいな価値観。ここではゆっくりとした時間の持つ価値を考えている」と佐藤さんは笑う。

佐藤さんは石上純也建築設計事務所を経て、同僚だったパートナーのコヴァレヴァ・アレクサンドラさんと共に2019年独立し、建築家ユニット「KASA(KOVALEVA AND SATO ARCHITECTS)」を設立。イタリアで開かれている今年の第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展でロシア館を手掛け、8月に特別表彰を受賞したばかり。世界を股にかけて活躍する若手建築家だ。

そんなKASAのふたりは小石川植物園の緑が窓の外に広がる木賃アパートが気に入り、2年前文京区民になった。仕事が増え、スタッフが仲間に加わり、事務所物件を探したが、家賃が高くて見つからない。あるとき千川通りを歩いていて、街角の古い建物がふと目に留まった。所有者を尋ねようと隣家をピンポンしたら、「僕のだよ。もう数年は空いている。ボロボロだよ」とオーナーさんが出てきた。印刷工場として貸してきたが、そのうち取り壊そうと思っていたという。「昔からのまち工場の雰囲気を残しつつ、地域にひらくアトリエとして再生させたい」と頼み込み、借りることになった。

改修工事をDIY主体にしたのは、あえてプロセスを見せたいと考えたからだ。現代の工事現場は仮囲いに覆われて中が見えず、壁が取り払われると新しいものに突如変わっている。そういった事が人と建築、そしてまちとの距離感を遠ざけているのではないか。確かにまちはみんなの共有資源である。ゆっくりと風景が変わっていく様子をみんなで共有する事の大切さ。まちが変わることを受け止め、各々が考える余裕というか、場合によっては通りすがりの人が「この建物はまちに合ってないぞ」と異議申し立てから議論が始まっちゃうような寛容な世の中。

実際、道行く人は興味津々で、のぞいたり、声をかけてきたり。真っ黒になって作業していたら、そこの銭湯行っておいで、と銭湯の回数券をくれた人やお昼を差し入れしてくれた人、脚立を貸してくれた人もいる。

「まち自体が生きたメディアの群れ」

空間の持つ魅力は何か。ネット検索でどんな情報も入手できるようになったが、実はその人の興味のある情報しか集まらない仕組みになってしまった。たとえば欲しい本をネットで注文すればすぐ届くし、関連の書籍が表示されるが、それ以上の広がりはない。一方、図書館で欲しい本を探す場合、目的の本の隣に全然違うジャンルの面白そうな本があって手に取り、興味が広がるかもしれない。そこには趣味の近い人がたまたまいるかもしれない。「空間がなくなると偶発性もなくなる。空間があれば、偶然の出会いがあり、まちや人が媒体になってそれが群れとなって広がっていく」

古いものを壊して開発するのは果たして住民のためなのか、とも思う。彼の故郷の三重県にある祖父母宅は駅前にあったが、半世紀ぐらいかけて区画整備を進めてきて、今あるのは道路と街区だけ。人は住まなくなった。都内でも、古い木造家屋を壊し、災害に強いまちにと再開発したら、人のつながりが失われ、孤独という新たな問題を起こしている。区内では、印刷工場がどんどんなくなり、取り壊され、気が付かない間にまちに大きな影響を与えているのではないか。

「壊して新しいものを『つくる』ではなく、まちを『なおす』感覚に変えていけたら」。陶磁器の破損部分を修復する「金継ぎ」のように、なおすことで新たな価値を生み出していくような態度。何と無しに買った土産品でも金継ぎすれば唯一無二の愛着あるものに変わる。「古いものは、新しくつくれないんです。この木のこの雰囲気のくすみがかったものは、もうつくれない。だから金継ぎ感覚でなおしていく」

築50年以上の建物は確かにボロボロだが、天井を取り払ったら立派な木造小屋組が出てきた。木の格子のドアは、灰色の剥げかけた塗料を全部落としたら雰囲気のある木のドアに様変わり。もう少し整えたら「小石川のアトリエ」として、事務所とオープンスペースを合わせた場にしたいという。「ギャラリーや、面白い本を置くとか、イベントをするとか、自由な場にしたい。そこでまちのみんなと考えてまたなおしていきたい」と佐藤さん。「ぼくらの活動を見て、元まち工場などの空きスペースを持ってる人が、自分たちもできるかなと思ってもらえたら」。まちを「なおす」事例になればと、いろんな構想が浮かんでいる。

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