JIBUNマガジン 文京区

2021年09月号 vol.74

植物が結んだ版画家と植物分類学者の交流/文京区民の子孫が遺品提供「企画展 樺太の植物と風景-船崎光治郎と牧野富太郎」

2021年09月15日 23:29 by inaba_yoko

練馬区立牧野記念庭園記念館で8月に開かれた「企画展 樺太の植物と風景-船崎光治郎と牧野富太郎」に足を運んだ。日本の植物分類学の基礎を築いた牧野富太郎博士の住居跡を整備した庭園は広々としていて、身近に知る植物から、初めて名を聞くものまで、いろいろな種類の植物があり、来訪者の目を引く。

訪れたきっかけは、文京区の多世代の居場所「こまじいのうち」などで活動している船崎俊子さんからいただいた一枚のチラシだった。版画家、船崎光治郎(1900-1987)は船崎俊子さんの義父にあたる。樺太(サハリン)滞在を経て版画の道に進んだ画家で、代表作として画文集『高山花譜』(1947年)の木版画が知られる。俊子さんは自宅に保管していた数々の作品や、光治郎と牧野博士の間に交わされた書簡類をこの企画展に提供したという。

(『高山花譜』原本 船崎俊子さん蔵)

「父は1971年に『高山花譜』の改訂版を出しています」と、俊子さんは「自刻、自刷、自家版」と書かれた改訂版を見せてくれた。改訂版も初版も、描かれた花々は版画とは思えないほど精緻で色も鮮やかで、まるでそこに咲いているかのようだ。船崎光治郎の作品には絵もあるが、多くは版画。「父は大衆に伝えられるものは版画と思っていたみたいです」と俊子さん。結婚してから出会った義父はすでに70代で、絵や画材に囲まれて暮らしていた様子を覚えている。

(船崎光治郎、1975年撮影、個人蔵)

牧野記念庭園記念館の企画展は、様々なご縁がつながって実現した。船崎光治郎の遺品から、牧野富太郎博士との交流が具体的に、初めて明らかになり、牧野記念庭園の田中純子さんが数年かけて遺品調査を行って開催が決まったという。解説のパネルによれば、船崎は1932年に初めて牧野を訪ねた。『牧野日本植物図鑑』の図を担当していた植物画家山田壽雄が、図鑑のことで船崎を牧野に引き合わせたようだ。船崎の遺品にこの図鑑の原図用紙が含まれていたという。「船崎も、植物を題材とした版画を作るなかで、牧野に植物について教えを乞うつもりであったと思われる」とある。

(船崎俊子さんと猩々木の絵)

罌粟(けし)・車百合・牡丹・猩々木(しょうじょうぼく)・桐・猫楊(ねこやなぎ)。『華容図聚』の版画は色鮮やかで丁寧に描かれている。「版画じゃないみたい。日本画みたいでしょう?」と、学芸員の伊藤千恵さんは言う。

(「自画賛」と書かれた原稿 船崎俊子さん蔵)

『華容図聚』は、6点の絵に牧野富太郎が植物学的な特徴や名前の由来、文化史的な事柄などを記した解説をつけ、船崎光治郎が植物のイメージや版を摺るときの苦労などが書かれた自画賛の紙が添えられたそうだ。牧野と船崎の交流を示す古い書簡なども展示された。

(ヒトツバオキナグサの標本(一部) 東京都立大学牧野標本館蔵)

学芸員の伊藤さんが「標本の荷札を見てください」と言う。これは船崎が牧野に頼まれて、ヒトツバオキナグサという樺太固有の植物の標本を、樺太から送ったときものとのこと。「牧野先生がぜひ採ってほしいと頼んで船崎さんに送ってもらい、牧野先生直筆で船崎さんへお礼を書いていて、このことから、お2人はすごく親密にやりとりしていたということがわかります」。余談だが、伊藤さんは文京区大塚出身だそうだ。

絵画のお勧めは、『図説樺太の高山植物 上巻』だという。「今回ご遺族から借りて、初めての展示です。色もきれいなままで残っているので、来館した方たちから、自分も樺太で植物を観察しているような気分を味わえるという声を聞きます」。また「船崎さんの著書の中から解説を引用しているのですが、その場で観た人ならではの表現で、植物の姿がすごく伝わってくる」という。

船崎俊子さんの亡き夫は一時期「花の香」という名の喫茶店を開いて、壁一面にギャラリーのように父の絵や版画を飾っていたという。「夫は父を評価していました。私も娘も、父の凛とした高山植物の絵や文章が好きです」と俊子さん。喫茶店を閉じてからは絵や版画は倉庫に眠っていたのだが、企画展で再び日の目を見た。俊子さんは「父について知らなかったことがいろいろわかり、改めて牧野富太郎さんとの関係や、父の輝いていた樺太時代、彼がいつも言っていた生き方や考え方、絵や版画などの芸術と人間との関係を再び考える機会となりました。さまざまな方との出会いにも感謝です」と語った。(稲葉洋子)

 

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