JIBUNマガジン

2020年02月号 vol.55

出会いを大切に。自分が結び目に/車いすの「だっこ」さんの歌とトークにライブペインティングも

2020年02月15日 16:09 by inaba_yoko

歌い手、朝霧裕さんの愛称は「だっこ」さん。

「チャイルディッシュブルー」という、だっこさんとギター奏者の奥野裕介さんのオリジナル曲で、ライブは始まった。きれいなギターの音色に合わせて、やさしく暖かい声が、「だっこ」さんの喉を通って客席へ届けられていく。

「♪やさしいあなたは♪…」

歌詞もタイトルを裏切らない。2月8日、文京区千駄木の狸坂文福亭で、マイクなどを使わない「生声・生音だけライブ『大きい声じゃ聴こえない』」が開かれた。

シンガーソングライターの「だっこ」さんに出会ったのは、昨年10月、狸坂文福亭で行われた「青島左門展(過去記事参照)」だった。その時は雨。不忍通りから会場までは、どの道を選んでも急な坂道を登らなければならないが、介助さんに車いすを押してもらって、あきらめずに展覧会場に来てくれた。

その時、ライブをここで、という話がまとまった。だっこさんは動物好きということもあってか、狸坂という名前にひかれたのか、直感で決めたそうだ。JIBUNマガジン1月号でとりあげた“kuuki”の小宅くうさんと友人でもあり、ライブでの衣装もくうさんが担当した。

入口の木といい、中のフロアの段差といい、バリアフリーからはほど遠い会場。介助さんを始め、だっこさんを取り囲む大勢の仲間、応援団と一緒に、バリアをクリアしてライブを実施したいという。その思いが広がったのか、当日はいろいろな方がライブに駆けつけていたが、椅子が必要な人や、段差が厳しい人がいれば、応援団だけでなくみんなで、すばやく対応する雰囲気ができていた。

だっこさんは、筋肉の難病ウェルドニッヒ・ホフマン症(進行性脊髄性筋萎縮症)で車いす生活をしている。特別支援学校から専門学校へと進み卒業したが、着替えとトイレが1人でできないことで就職できず、在宅で独りぼっちの時期が続いた。

自分だけが「おいてけぼり」にされたと感じたが、「どうせ今やることがなんにもないんだったら、大好きな歌で生きよう。私にはこれしかない」と思ったという。そのことで、だっこさんの人生が開けた。

「歌がなかったら、死んでいたかも」

この日のライブは、だっこさんこと朝霧裕さん、ギターとコーラス奥野裕介さん、ライブペインティングの育色工房 いくちゃんこと、中山育美さん、衣装担当の小宅くうさんの4人が出演。

奥野裕介さんとの出会いは、だっこさんがギターやピアノのサポートを探しているとき、ネットの掲示板に奥野さんが「新都心で月一でライブをしている」と書いていたことから、さいたま市在住のだっこさんが「家が近いのかな」と勘違い。実際は奥野さんは都内在住なのだが、そこからのコンビを組んで15年目を迎える。

中山育美さんは、昨年末共通の友人のイベントでだっこさんと共演予定だった。だっこさんの入院で実現しなかったのだが、育美さんが連絡を取り、歌とライブペインティングの共演の話が浮上した。育美さんは側面の壁に大きな布のキャンバスを張り、曲に合わせて大きな絵をのびのび描いていき、ライブ会場はいっそう華やかに爽やかになった。静かなとき、さらさら動く絵筆の音が心地よく響いた。

小宅くうさんは、3年前、共通の歌手の方の紹介で出会った。既製品の服の着づらさを話すと、羽根のように軽い、車いすでも簡単に脱ぎ着ができる衣装を作ってくれたという。

ライブ2曲目は「ヒッチコック」(ヨルシカカバー曲)。

「養護学校はすごく楽しかった」「でも、卒業して、『さあ、今日からみんな平等に社会に出て、生きていってください』と放り出されたときに、どうやって人と出会い、どうやって仕事して生きていけばよいか、まったくわからず、養護学校の先生たちは、『障害に負けないで頑張れ』って言うけれど、頑張っても、手動車いすが電動車いすになったり、力はだんだん弱っていくし、いったいどうすりゃいいんだよ」という気持ちを代弁しているような歌だという。著作権の関係で歌詞は載せられないのが残念。

3曲目は、「STAR TOUR」、4曲目は「鼻歌」、5曲目は「本当のうた」。

「22歳で家を出て、介助さんたちに支えられる毎日ですが、この暮らしは楽しくて。起きる時間、寝る時間、食べるごはん全部自分で決めて。会いに行く人、やりたいこと、行きたいところも自分で決めて自分で暮らす、これが人間の生活なんだ」と思ったそうだ。「私が動けば、階段はスロープになるかもしれない。私が生きれば、介助の仕事ってすてきだよって伝えられるかもしれない。会える人、見えるもの、出かけるたびに、歌がこぼれ出して溢れてきました」。

「STAR TOUR」は、ふるさとの星の空が恋しくなって作った曲、「鼻歌」は今住んでいるところの景色を歌ったうた、「本当のうた」は、今の自分をありのままに見せていこうという、強い気持ちで書いた歌だそうだ。

だんだんと、ライブ活動が、たくさんの新聞やテレビに出るようになっていき、相棒の奥野さんと一緒に、いろいろな町へ行って演奏するようになった。「道、森、古民家、コンサートホール、階段のあるライブハウス、火の見櫓とかいろいろな場所でライブをやりました」とだっこさんは笑う。

だが、「あの人って、生活保護を受けて生活しているくせに、ライブなんてムカつく」とか、「私たちの税金でアパートに住んで、24時間介助なんて贅沢よ」といった心ない言葉を浴びせる人も少なくなかった。だっこさんは落ち込み、うつ病を発症してしまう。そんな中で、「しがみついてでも音楽だけは離すまい、きっと再起できる」と信じていた。

6曲目は、「さきのひかり」(奥野裕介カバー曲)、7曲目は「Our Ship」、8曲目は、「陽の下の花」と続く。

うつ病が回復してきた頃、2011年に東日本大震災があり、そのとき外出していて帰宅難民になり、死ぬかと思ったそうだ。ショックを受け、「いつ何があるかわからない。楽しい歌だけではなく、思ってることは何だって書こう、何でもさらけ出して歌おう」と、だっこさんの心に変化があったという。 

「介助制度は、今はかなり整い、パラリンピックもあります。一方で、神奈川県の福祉施設での殺傷事件が起きたり。重い障害を持つ仲間が、世の中から取りこぼされてしまわないかいつも心配」と言う。

「障害を持つ人と持たない人。経済的貧困にある人とそうでない人。まず、出会う機会が少ないから、出会いを大切に、できるときにできるひとが、できる範囲で、会って、顔を見て、話してできることをやっていく。そして自分が結び目になっていく」

だっこさんはトークの最後に、客席に語りかけた。

「私もこれを魂の仕事と思ってやっていくから、みなさん、一緒に生きる同志であってください」。

曲は、9曲目、「いつでも誰かが」(上々颱風カバー曲)、10曲目、「名前で呼んで」がラストの一曲を飾った。

いろいろな制度システムを作るのは大事なことだが、まずは、目の前にあること、自分ができることをできる範囲でやっていく…大いに共感した。

(文・稲葉洋子、写真・横溝八千代)

 

【プロフィール】

朝霧 裕(あさぎり ゆう) うたとおはなし

埼玉県比企郡滑川町 生まれ。さいたま市在住。愛称は「だっこ」(介助さんに階段や段差をお姫様だっこで抱えてもらって動くため)

筋肉の難病ウェルドニッヒ・ホフマン症(進行性脊髄性筋萎縮症)のため、車いす生活。22歳より、親元を出て、24時間の介助サポートの元、さいたま市にひとり暮らし。シンガーソングライターとして、コンサートやライブ活動、学校公演を行うかたわら、エッセーを執筆。「障害の有無、世代を問わず、誰もが輝ける社会づくり」を夢とし、書き、語り、歌う。

2003年から2018年まで、障害の有無や世代を不問とする有志で、企画・運営・出演までを行う先駆的なバリアフリーコンサート(ふれあい福祉基金チャリティー 彩の国 ゆめコンサート)を継続開催。他、ライブ・講演への出演、コンサートの企画・制作多数。

著書「バリアフリーのその先へ!―車いすの3.11」岩波書店。「LIVE!―生きるほうへー」(ダッコプロジェクトとしてクラウドファンディングで制作)。「車いすの歌姫」(KKベストセラーズ)他

CD 「ファイン」「空の音」他

オフィシャルサイトブログ、Facebook(朝霧裕)で発信中

 

奥野裕介(おくのゆうすけ)ギターとコーラス

日本のアコースティックギターの達人、吉川忠英との出会いから、ギターにのめり込み、学生時代から多くの歌い手と演奏。レコーディング作品にも参加。並行して自由曲での弾き語りやバンド活動も行う。

2011年には、Mint Julepというアコースティックユニットで全国デビュー。

近年では、2012年、日本図書館絵本「かっぱのすりばち」のアニメ(株式会社エクラアニマル)、2013年、日本昔話の製作陣によるDVD「語り芝居 みんなの民話」(文部省選定 オールインエンタテイメント)と映像作品のサウンドトラックにも参加。

吉川忠英「Relax Slow Natural Style 」地域限定シリーズ「棚田姫」「くもりのち晴れ」、松本佳奈「昼下がり、旅日和」、朝霧裕「空の音」「ファイン」等ではレコーディングやミックス、マスタリングも担当。

 

ikuiro(絵画 ライブペインティング) 育色工房 中山育美

月と太陽、子どもと大人、朝と夜、海と山。陰と陽を色にこめて作品を描いています。あなたのそばにわたしの絵を~わたしの絵があなたの心を照らしますように。作品に光と愛を込めて描く画家です。

年間30回を超えるライブパフォーマンス!描いては消すライブペイントを開催する傍ら、色が育つ場所 育色工房代表。絵画、造形、子どもたちの為のアトリエを開催。色彩心理、アートセラピーを取り入れたフリーアートレッスンは好評を得ている。画家として、千葉、東京を中心に個展を開催して活動中。

2019年6月より市原市糸久にて、中山育美の絵を常設展示する ikuko gallery をオープン。

インスタグラムサイトFacebookで発信中。

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