ビルやマンションが林立する春日地区。関東大震災も、戦災も、バブル期の地上げも、東日本大震災も乗り越えて102年、ひっそりと建ち続ける古民家が、小石川1丁目にある。高いマンションに囲まれながら、そこだけがほっこりするレトロな異空間だ。2015年にオーナーさんが改装し、「小石川大正住宅」と名付けた。次の100年も残すべく、大切に守りながら活用法を模索しているという。
白山通りと千川通りに挟まれた一角。黒い板塀の木戸を開けると、穏やかな木の空間が広がる。小さなお庭と、広い土間と、10畳ほどの板の間。急な木の階段を上ると、2階には畳の間が二つある。縁側からは、隣のマンションの緑地が望め、「竹林や紅葉がちょうどいい借景になっております。冬は寒いですが、夏は涼しく快適です」と、オーナーの根木隆彰さんは言う。
根木さんはこの家で生まれ育った。古い手書きの登記簿によれば1914(大正3)年にすでに建っていたらしく、根木さんの祖父が気に入って昭和の初めに引っ越してきたという。置き石を基礎にした在来軸組工法の木造2階建てで、大正12年9月の関東大震災に耐え、昭和20年3月の東京大空襲でも被災を免れ、昭和27年1月深夜の初音火災もくぐり抜け、平成初期のバブルの地上げでも生き残り、東日本大震災でも壊れなかった。バージニア・リー・バートンの描いた絵本「ちいさいおうち」さながら、この「ちいさいおうち」も、まちの歴史を静かに見つめてきたに違いない。
(2階の座敷)
冬は冷えるので住まいには適さないが、夏場は昼寝やくつろぎタイムに最高だという。今は区外に住む根木さん夫婦が、隣家に住む母の様子を見に週末に通ってくる。
(2階縁側から眺められる隣のマンションの緑地が借景に)
改装したのは、東日本大震災の揺れにも小さな家が耐えてがんばったことがきっかけだった。それまでは改装しても壊れてしまう気がして、避暑の家として使えばいいと考えていたという。しかし、大震災でも無事だったことから、「これはぜひ残したい」と考えたという。そこで2015年、建築家に依頼して耐震改修と改装をした。
根木さんがまもなく定年を迎えることから、本腰を入れて保存、活用を模索していくという。根木さんの父はかつて能や謡に使っていたといい、その趣を生かしつつ、地域の人が集えるような場所にしたい意向だ。
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